アップル「Vision Pro」最新レビュー:見えてきた“コンピューティングの未来”と、いくつかの奇妙な体験

複合現実(MR)ヘッドセット「Apple Vision Pro」はアップルにとって数年ぶりとなる新カテゴリーへの挑戦となる。その最新バージョンによる体験は洗練されているが、デバイスの設計には“アップルらしさ”を感じられないようにも思える。
Person wearing the Apple Vision Pro headset
Photograph: Apple

Apple Vision Pro」を装着して30分強の時間を過ごし、コンピューティングの未来を体験した。アップルが発売する複合現実(MR)ヘッドセットが内包する素晴らしいテクノロジーは、未来の礎を築くものだ。しかし、Vision Proに対する個人的な評価は定まっておらず、大きめのヘッドセットの虜になったわけでもない。

アップルは昨年の開発者向け会議開発者会議「WWDC 2023」でVision Proを発表した。Vision Proは3,500ドル(約52万円)のウェアラブルなコンピューティングプラットフォームで、頭に装着する仕組みになっている。米国では事前予約が1月19日(米国時間)に始まって2月2日に発売され、各地のアップルストアで実際に試せるようになる見通しだ[編註:その他の地域では24年後半に発売される見通し]。

今回のデモではVison Proの最終バージョンについて理解すると同時に、新しい体験を得ることができた。

Photograph: Apple

どこか使い慣れたソフトウェア体験

Vision Proは完全に独立したデバイスとして動作するので、その他の機器と連携させる必要はない。頭部に装着すると、アップルの新しい空間OS「visionOS」を介して操作することになる。

このOSは、どこか使い慣れたような独特のソフトウェア体験をもたらす。iOSに似ているが、それが宙に浮いているような感覚だ。映画を鑑賞したり、写真アプリで記憶を振り返ったり、ゲームを楽しんだりできる。仕事もある程度はこなせる。

この「仕事をこなせる」という点に、個人的には最も引きつけられた。カフェや飛行機の機内といった制約のある空間で複数のウィンドウを立ち上げ、デスクトップPCのような体験を得られる能力はぜひとも欲しい。

実際に仕事をしたい場合には、ワイヤレスのキーボードやマウスをVision Proに接続することができる。あるいはMacBookの画面を見ながら、それを(MacBookの)Wi-Fi経由でvisionOSに取り込むことも可能だ。この際、作業の補助用にほかの仮想スクリーンを追加することもできる。

普段から眼鏡をかけているなら、カールツァイス製の視力矯正用インサートレンズを149ドル(処方レンズの場合で約22,000円。処方箋なしの場合は99ドル=約15,000円)で注文する必要がある。このレンズはVision Proの内部にある光学レンズに磁石でくっつく仕組みだ。今回は事前にアップルに処方箋を送っていたので、デモ機は準備が整っていて、眼鏡なしで装着することができた。

WWDC 2023でもVision Proを試す機会があったが、その体験は今回の体験と重なる部分が多い。まず、顔認証システム「Face ID」を設定する際と同じように、顔面をiPhoneで2度スキャンするように指示される。なお、頭に装着する際には、同梱される「Solo Knit Band」と「Dual Loop Band」の2種類のヘッドバンドのどちらかを選べる。

今回のデモで「Vision Pro」を装着したときの様子。

Photograph: Apple

重さを感じさせない体験

ここ何日か、「うまくフィットしない」とか「ヘッドセットの重さに苦労した」というジャーナリストの記事を読んでいたので、今日は同じ苦労を体験することを覚悟していた。ところが、Solo Knit Bandを装着して30分ほど経っても、驚くほど重さを感じなかったのだ。

当初は額に圧迫感があった。しかし、ヘッドバンドをやや上にずらしてみると、額と頬骨の間でバランスがとれ、より快適に装着することができた。

アップルによると、アップルストアでは店員がうまくフィットさせてくれるという。店舗が近くにない場合は、iPhoneで同様のアドバイスを受けられる。ヘッドセットの鼻の部分から光が少し漏れてしまう問題こそあったが、これは暗い環境で特定のコンテンツを体験した場合に限られていた。そうした場合も、数秒後にはあまり気にならなくなった。

一方で、バッテリーパックに関する話題はタブーだ。ヘッドセットの左側からケーブルが伸びて長方形のバッテリーパックにつながっており、1回の充電で2時間ほど使用できる。このバッテリーパックを電源につなげばVision Proを何時間も動作させ続けられるが、インタラクティブな体験やゲームをプレイするときなど、動き回りたい場合にはバッテリーをポケットに入れておく必要がある。

これは洗練されているとは言い難い使い方であり、アップルでさえ回避できない技術の限界が浮き彫りになったといえる(アップルがマーケティングやプレス向けの画像からバッテリーの存在を隠そうと必死だった理由はこれだろう)。ただしありがたいことに、Vision Proを30分間にわたって使った後も、バッテリーは冷たい状態を保っていた。

Photograph: Apple

ジェスチャー操作の驚くほどの簡単さ

Vision Proの最も印象的な点が操作方法にあることは間違いない。セットアップの際にいくつか調整すべきことがあるのだが、操作は実質的に目と指の組み合わせによるものだ。

目でアプリを見るとハイライト表示され、それを人差し指と親指でタップするだけで選択できる。インターフェイスはユーザーが見ているものを理解するので、アプリのウィンドウを動かしたければ、視界の下部にあるバーを目で見て、それをジェスチャーでタップし、好きな場所に置くだけでいい。

すぐにわかったことは、ユーザーの視線から多くのデータが収集されているということだ。しかしアップルは、この情報を安全に保管することを保証している。ユーザーが広告をどれだけ眺めていたのか、広告主が知ることはない。

Vision Proは、こうした指によるジェスチャーを驚くほど簡単に認識できる。手を上げる必要は一切ない。今回のテストの際には手をひざに置いていたが、インターフェイスのスクロール、ピンチ、ズームといった動作を非常に簡単に実行できた。

入力が必要な場合は音声認識のほか、仮想キーボードも利用できる。ただし、仮想キーボードによる入力は試してみてもいいだろうが、思ったよりもずっと難しい。

実際に試してみたところ、間違ったキーを押し続けるはめになった。押したいキーを見つめて、指でタップして選択するほうがずっと簡単だ。この方法なら、それなりに素早く入力できた。当然ながら、頻繁に入力するならワイヤレスキーボードを接続したほうがいい。

ARとVRが混在する体験

30分という短時間でいくつかのデモを実行してみたところ、拡張現実(AR)と仮想現実(VR)が全体的に混在していた。

つまり、こういうことだ。ヘッドセットの右上には、Apple Watchと同じ回転式のデジタルクラウンが付いている。これを時計回りに回転させると、周囲の世界を消し去ってバーチャルな「環境」をつくり出せるのだ。

Photograph: Apple

今回のデモで体験した「環境」は、とても美しいマウイ島の火山の眺めだった。例えばDisney+のアプリでは、この環境をアベンジャーズの本部やスター・ウォーズのタトゥイーン(誰かポッドレースに挑戦したい?)に設定して、そのまま周囲を暗くして映画や番組を観ることができる。

アニメ映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の短い3Dの映像を観たところ、非常に鮮明だった。アップルは、Apple TVで視聴できる3D映画を作成するために映画スタジオと協力中だと発表している。Vision Proを30分以上装着した場合の使い勝手にもよるだろうが、例えば妻がテレビを独占している間にvisionOSでテレビ番組や映画を見ることも可能だ。

近くで誰かの話し声が聞こえたら、その大まかな方向を見つめることで「People Awareness」という人物認識の機能を体験できる。目の前に広がる「環境」のなかに、その人物のかすかな映像が見えてくるのだ。それはまるで、オビ=ワン・ケノービの亡霊がユーザーの活動に割り込んでくるような奇妙な感覚である。

自分のいる空間を拡張したいだけなら、クラウンを反時計回りに回転させると、周囲の世界が戻ってくる。ユーザーはそれをパススルー映像を介して見ることになる。Vision Proの外側に配置されたカメラが、いまいる空間の映像を送ってくるわけだ。最初は少しモザイクがかったように見えて違和感があるが、すぐに慣れる程度だろう。

今回のデモでは、さまざまな物の構造を学べるARアプリ「JigSpace」を使ってF1カーを指でばらしてみたが、『アイアンマン2』のマシン分解のシーンとほとんど変わらないと感じた。アプリ「マインドフルネス」で1分ほど瞑想してみると、スマートフォンやスマートウォッチを使った場合にはかなわなかった最高の呼吸エクササイズを体験できた。

「Encounter Dinosaurs」というインタラクティブなデモを試すと、巨大な恐竜が岩のまわりを動き回る様子を観察でき、恐竜の側もこちらの存在を認識していることがわかった。チョウが自分の指の上に止まる様子を見たときは、思わず皮膚に何かを感じそうになったほどである。

Photograph: Apple

「写真」アプリにある通常の画像やビデオは、Vision ProのマイクロOLED(有機EL)パネルにくっきりと鮮明に映し出される。Vision Proは、空間ビデオと空間画像にも対応している。「iPhone 15 Pro」かVision Proのヘッドセット本体(ヘッドセットの左側のボタンをタップすればいい)を使って撮影できるが、見た印象は粗いものだ。それでもシンプルな2Dの画像と比べれば、はるかに目の前の場面に没入しやすくなる。

奇妙に感じられたいくつかの用途

気になった点を挙げるとすれば、ヘッドセットを装着したまま家の中を歩き回って、子どもたちがケーキを食べている様子を撮影しようというアップルからの提案だろう。スマートフォンで撮影した写真や動画をヘッドセットで見返すならいいだろうが、アップルは家族がみんなで楽しんでいる場面をVision Proで撮影するという使い方を提案しているのだ。

これは奇妙な場面だろう。なにしろ、ほかの誰もVision Proを装着していない。ヘッドセットをかぶっているのは、撮影している父親だけなのだ。そんなこと、やめておいたほうがいいだろう。

ヘッドセットを装着している人の状況を周囲の人が認識できる技術「EyeSight」も同じだ。キャリブレーションが済むと、Vision Proの外側にあるディスプレイがユーザーの目に似た動画を作成し、目元の動きや瞬きを模倣して映し出す。話し手がヘッドセットを着けたままでも、相手にはその感情の動きが見えるようになるわけだ。

実際にヘッドセットを装着したアップル社員と話をしたが、これも奇妙だと言わざるを得ない。目元を映した動画は不明瞭なので、ひと言ふた言でない限りは、やはりヘッドセットを外して話しかけてもらいたいものだ。

Photograph: Apple

いちばん興味深いと感じた用途は、visionOSで作業をして、自分の周囲に配置されたさまざまなバーチャルスクリーンでウェブを閲覧することだった。そのインターフェイスはスマートで洗練されている。

一方で、Vision Proはハードウェアとソフトウェアがミスマッチを起こしているようにも感じられた。カフェや飛行機の中でかさばるヘッドセットを着けたくないし、バッテリーパックの置き場所の心配もしたくない。そもそも、自宅でひとりのときに何時間も使いたいかというと疑問だろう。

このテクノロジーは素晴らしい。進化すれば必然的に小型化し、たぶんいつかは普通のメガネをかける感覚と変わらなくなるだろう。ぜひ、その方向性で進んでほしいと願っている。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による「Apple Vision Pro」の関連記事はこちらアップルの関連記事はこちら


Related Articles
Person wearing the Apple Vision Pro headset
アップルが複合現実(MR)ヘッドセット「Apple Vision Pro」の予約開始を前に、一部のメディアなどに最新バージョンを体験する場を設けた。そこでの体験からは、あるハードウェアの存在を隠そうとするアップルの思惑が透けて見えてきた。
Illustration of the shape of virtual reality goggles, split by Apple brand and Meta brand colors
アップルが発表したMRヘッドセット「Vision Pro」からは、メタ・プラットフォームズとの方向性の違いがくっきりと浮かび上がった。そしてメタバースを巡る競争の本格化も意味している──。『WIRED』エディター・アット・ラージ(編集主幹)のスティーヴン・レヴィによる考察。
Apple Vision Pro mixed reality headset on display
アップルがついに待望のMRヘッドセットである「Apple Vision Pro」を発表した。その体験は驚くべきものだが、デバイスの存在感が強く、周囲になじまない点は課題である。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.51
「THE WORLD IN 2024」は好評発売中!

アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集。詳細はこちら