なぜビデオゲームなのか
BALENCIAGA SKIWEAR MINI GAME。このオンラインビデオゲームをもうプレイされただろうか。ゲレンデを滑り降りるシュミレーターのようなスキーゲームで、Balenciaga Skiwearコレクション(ウェアだけでなくヘルメットやスキー板もある)を全身にまとったアバターを操作する。コマンドはきわめて単純だ。
PCならキーボードの左と右のカーソルキー、スマートフォンならパネルの左と右をタッチして、コースに配された赤と黒のゲートを左右にスラロームしながらクリアしていくというもの。
十数個のゲートをクリアするたびにステージが転換し(ホワイトアウトするので気が抜けない)、滑降スピードや時刻や天候によるゲートの視認性がそれぞれ3段階で変化していく。ひとつでもゲートをクリアできなかったり(黒は右、赤は左へスラローム)、ゲートに衝突したり(アバターの転び方もなかなかリアル)するとゲームオーバー。世界中のプレーヤーとそのプレイタイムを競うという仕組み。
1月31日まではコンテスト期間とされており、指定されたゾーンごとにベストプレーヤーがランキングされていく。世界のトップファイブのプレイタイムはゲーム終了後のスコアボードに表示される。果たしてチャンピオンには、スキーウェアのコレクションよりBalenciaga Ski Lock(スキーロック? それが何かは明らかにされていない)が贈呈されるという。
本稿執筆時(1月5日)で筆者のゾーン内での最長プレイタイムは3分01秒20。体験されたらわかると思うが、かなり超人的な記録のように思われる。が、極端にシンプルでよくできたスポーツ系のゲーム(例えばファミコンの「テニス」とか「ゴルフ」とか)と同じように、身体的なタイミングや感覚がものをいい、やり込むほどに着実に上達する。つまり奥深さがある。
もちろんグラフィックは高精細でなかなか美しく(画面の奥にそびえる雪山はモンブランだろうか?)、ソリッドブラックとソリッドホワイトのアバターはなにしろクールだ(ほとんど後ろ姿しか見ることができないが)。加えてゲレンデにシュプールを描くエッジの音やゲートを叩く音、ヘルメットに当たる雪の音などもリアルに再現している(ぜひイヤフォンで確認を)。それでいてアバターやコースの動作はなめらかで、グラフィック処理やコマンド操作の遅滞は一切ない。総合的なゲームデザインに秀でているといえる。
確かに、モードとビデオゲームの接近は続いており(Louis Vuittonと「ファイナルファンタジーXIII」、Gucciと「Fortnite」などなど)、今回のプロジェクトもその動向に連なるものだともいえる。が、BALENCIAGAがユニークなのは、コラボレーションではなく“ゲームそのもの”をつくり出している点にある。
振り返ればパンデミックの渦中の2020年末に発表されたFALL 21コレクションは、このシーズンのためだけに設計されたビデオゲーム「Afterworld: The Age of Tomorrow」の中で発表された(Unreal Engineを使用し、 Streamline Studiosがゲームの開発を担い、Dimension Studioがボディメトリックビデオキャプチャにより50ルックのデジタルモデルを作成し、そのほかにも多くのスタジオやクリエイターが参画)。当時は一般にも公開され(現在はルックとビデオのみ)、モードとビデオゲームの関係を飛躍的にイマーシブな体験へと進化させたのだった。
つまりBALENCIAGA、そしてアーティスティックディレクターのデムナにとって、ゲームはコラボレートの対象でも、マーケット拡大のための異分野でもない。そのクリエイティビティや感性をいかんなく注ぎ込むことができる自由なフォーマットのひとつなのだろう。そう、服やバッグやスニーカーと同様に、メゾンの創意やスタイルを反映するものとしてゲームがある。
Balenciaga Skiwearコレクションは、スキーウェアとしての高い機能性と、これまでのプレタポルテのテーマを発展させたデザインやシルエットを展開している。パファーやタイトフィットのフリースなど、スポーツにより特化したアイテムがラインナップ。ちなみにゲームでアバターが着用しているのは、SKI パーカと同素材の6ポケットタイプのSKI CARGO パンツ、イタリアのBrikoとコラボレーションで制作したヘルメット、スキー板とポールだ。
音楽への並々ならぬ熱意
そのことはBALENCIAGAと音楽の関係性についてもいうことができる。「音楽はわたしの人生の大部分を占めており、BALENCIAGAのカルチャーにも欠かせないものです」。アーティスティックディレクターのデムナがこう語る通り、あるいは音楽については、ゲーム以上にメゾンの重要な位置を占めているようだ。
オンラインでBALENCIAGA MUSICを訪問すればわかる。そこにはSHOW MUSIC PLAYLIST(ランウェイショーのたびに作成されるオリジナルスコアのプレイリスト。手がけているBFRNDはデムナのパートナーでもある)や、FITTING ROOM PLAYLIST(ショーのモデルをスタイリングする際にデムナが聴いていたプレイリスト)、さらにデムナが好んで聴くさまざまなアーティスト(JAY-JAY JOHANSON、PINK MARTINI、AYA NAKAMURAなど、ジャンルも世代も多彩だ)によって作成されたプレイリストや、デムナ本人によるプレイリストも公開されている。いずれも2時間をゆうに超える長さで(デムナに関しては13時間も!)、かなり聴きごたえがある。
その最新のものが、23年11月に発表されたロンドンを拠点とするArchiveとのプロジェクトだ。トリップホップ、エレクトロニカ、プログレッシブロックなどを複数のヴォーカリストとともに横断していくような、アーティストコレクティブで、28年のキャリアで12枚のスタジオアルバムをリリースするベテランでありながら、挑戦的な創作姿勢をキープし続けることでも知られている(特にヨーロッパで人気)。
今回はArchiveがセレクトした7時間を超えるプレイリストに加えて、BALENCIA MUSICの初めての試みとして、NFCチップを介した限定の楽曲「Pattern」の配信も行なわれる。フーディやTシャツなど対象となるアイテムに縫い付けられたチップ(“TAP PHONE HERE”と記されている)をスマートフォンでスキャンすると、オリジナルのリスニングイベントのロックを解除して聴くことができるというもの。
テクノロジーだけで見れば新しいわけでもないが、音楽とファッションの新しいインタラクションの方法という点で考えれば、新たな可能性をひらく方法であることは間違いない。音楽のリスニング体験がサブスクリプションなどストリーミングにシフトしていくなかで、フィジカルな価値をもたらすオルタナティブな方法としても注目していいのではないだろうか。あるいは近い将来、Bandcampのマーチャンダイジングで定番のフォーマットになるかも。
(WIRED JAPAN/Edit by SATOSHI TAGUCHI)
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