Heat pumps

ヒートポンプへの切り替えが世界中で加速する──特集「THE WORLD IN 2024」

エアコンや給湯器などに古くから使われているヒートポンプの技術だが、CO2排出と光熱費の両方を削減できることから未来志向の解決策として欧米でも期待が高まっている。
ヒートポンプへの切り替えが世界中で加速する──特集「THE WORLD IN 2024」
ILLUSTRATION: DAVIDE SPELTA

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世界中のビジョナリーや起業家、ビッグシンカーがキーワードを掲げ、2024年の最重要パラダイムを網羅した恒例の総力特集「THE WORLD IN 2024」。環境政策研究者のリア・ストークスは、ヒートポンプという古い技術に新たなイノベーションが加えられ、気候変動対策における大きなトレンドになると期待を寄せる。


凄まじい火災や洪水が発生した2023年、世界中で気象記録がいくつも打ち破られた。だから、24年に気候変動対策が大きく推進されるのを予測することには、何の不思議もない。そして、気候変動対策における最大のトレンドは「電化」の促進となるだろう。電気自動車(EV)、電磁調理器、そしてソーラーパネルを目にする機会は、これからますます増えていく。ただ、わたしが期待している装置をひとつ挙げるなら、それは「ヒートポンプ」だ。

ヒートポンプが世に出たのは、もう随分と前のことである。キッチンにある冷蔵庫もこの仕組みを利用している。ヒートポンプは熱を移動させる技術で、湯を沸かしたり、家を冷やしたりする。そして、ヒートポンプは、化石燃料をまったく使わずに動くのだ。このために、ヒートポンプはあらゆるサイズの建物における脱炭素化のゲームチェンジャーとなると期待されている。

ヒートポンプの躍進を伺わせる明確な兆候は、すでに見え始めている。米国では22年、ヒートポンプの売上がガス炉を上回った。そして欧州では、ヒートポンプの売上が好調だ。ポーランド(実は気候変動対策において先駆的な国なのだが、それよりも石炭の方で有名になってしまっている)におけるヒートポンプの売上は、前年比で2倍となっている。

米国の優遇措置が導入を後押し

2024年、米国の新たな優遇措置の後押しも得て、こうした世界的トレンドは加速するだろう。22年に制定された大規模な気候変動対策法であるインフレ抑制法(IRA)により、24年の初頭までにはヒートポンプに対する新たな優遇措置が開始される予定なのだ。何百億ドル(数兆円から十数兆円)規模のリベートやローンが利用可能となり、米国の低所得者がヒートポンプを購入する助けとなることだろう。また、この優遇措置により、電化への切り替えに參加する層に変化が起きるはずだ。

ヒートポンプの人気が上がると見込まれている理由は、喫緊の課題を解決してくれるからだ。光熱費の削減、そして、これまでエアコン設備に手が届かなかった人々に、エアコンを提供することである。

強力なエルニーニョ現象は24年も続く可能性が高く、今後も世界中で最高気温の記録が更新され続けるだろうと予想されている。建物の冷却はより一層重要となるが、ヒートポンプはまさにこうしたニーズに応えることができるのだ。

ヒートポンプによって、化石燃料に頼らずに建物を使用できるようになるかもしれない。米国では1,000万戸近い家が未だに高額な石油やプロパンガスで暖房を行なっている。家に配達される燃料に頼るのを止め、ヒートポンプへと切り替えることはコスト面でもゲームチェンジャーとなるだろう。これは、すでにヒートポンプへの切り替えを進めているメイン州の先駆的プログラムでも示されている。

インフレ抑制法によって新たに国から資金が提供されることにより、メイン州のモデルを参考としたプログラムを考案する州は増えることだろう。そしてすでに電化されているが、効率の悪い旧型の電気抵抗技術を利用している場所(米国南部の大半がそうなっている)も、ヒートポンプの有用性を実感することになるだろう。電気抵抗からヒートポンプへの切り替えによって、家庭の月ごとの光熱費はほぼ間違いなく下がるのだ。

さらに、ヒートポンプという古い技術に新たなイノベーションがもたらされることで、成長が促進されるということも起きるだろう。Rheemという企業は最近、標準的な120Vのコンセントにつなぐことができるヒートポンプ式温水器を市場に出した。こうした革新的な製品について知る配管業者が増えれば、これらの製品は大変な人気を博すことになるだろう。なぜなら、設置がとても簡単だからだ。

また、Gradientという別の企業は、窓際に設置することができ(どこにでも設置できるエアコンと同じ要領で)、より少ない電力で家を暖めることができるヒートポンプを開発した。これらをはじめとする新デザインの製品の登場で、ヒートポンプの設置費用が下がり、技術もより一層普及することとなるだろう。

多すぎる二酸化炭素排出の破壊的な影響を抑えるためには、スピード感をもって大規模な対策を実施する必要がある。その道のりはまだ長い。しかし、わたしが2024年に期待できる理由がひとつあるとしたら、地味なヒートポンプが今後広く採用されるようになることを挙げるだろう。

リア・ストークス|LEAH STOKES
環境政策研究者。気候変動、再生可能エネルギーなどが専門。カリフォルニア大学サンタバーバラ校所属。米国の電化を推進する団体「Rewiring America」のアドバイザー。著書に『Short Circuiting Policy』(2020年)。

EDIT BY MAMIKO NAKANO


雑誌『WIRED』日本版VOL.51
「THE WORLD IN 2024」

アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集!詳細はこちら


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