グーグルが“緊急事態モード”に入ったと報じられている。集中的にリソースを投じ、共同創業者を呼び寄せ、「Google 検索」の絶大なる支配力を揺さぶる脅威に立ち向かおうとしているのだ。
いま最も警戒すべきは会話型AI「ChatGPT」である。人工知能(AI)が人間になり代わって学期末のレポートや詩を書き、法令の草案や医師の診断書を作成する大型の言語処理モデルだ。
こうしたなか、検索エンジンの競争で背後から急速に追い上げてくるライバルは、ほかにもいる。それはTikTokだ。
TikTokで検索だなんて、と思うかもしれない。ティーンエイジャーが踊る姿やネコのミーム、料理のコツ、観ているこっちが恥ずかしくなるようなばかげた行為に溢れる騒々しい動画投稿アプリなのだ。いったいどうすれば、TikTokでファイナンシャルアドバイザーを見つけたり、電車の時刻表を確認したり、ためになる検索結果を探し出したりできると言うのだろうか。
それは「検索」をどう解釈するかにもよる。だが、具体的な情報というよりも何か面白いものを探しているとき、どちらかというと気軽な「ソーシャルディスカバリー」の目的で検索するときは、TikTokのほうがうわてだ。
コンテンツ配信ネットワーク(CDN)で知られるCloudflareのブログ投稿によると、2021年には「tiktok.com」がGoogleを抜いて、世界で最も閲覧されたウェブサイトとなった。また22年にグーグルの検索関連担当シニアバイスプレジデントは、若い世代の40%はインターネット検索をするときにTikTokやInstagramを使っていると発言している(TikTok側に検索トレンドについて問い合わせたが、返答は得られなかった)。
それだけではない。1週間にわたってTikTokだけで検索することに挑戦したいという考えを『WIRED』編集部のSlackチャンネルで明かしたところ、世代がまるで違う年下の同僚ふたりが、「断っておきますが」と前置きして、すでに検索のほぼすべてにTikTokを使っていると言ってきたのである。
そんなわけで23年1月中旬、半ばやけくそで画面をタップしてTikTokを開き、チャレンジを開始した。
1日目
自分はいわゆるTikTokのヘビーユーザーではない。フォローしているのはせいぜい数十人で、ネコの動画を1本だけ投稿している。ただ、「おすすめ」ページに怒涛のごとく表示される動画の渦に吸い込まれてしまうことは、たまにある。「おすすめ」は、TikTokのアルゴリズムがユーザーの好きそうな動画をおすすめしてくるページだ。
TikTokをあまり使わない理由として、セキュリティとプライバシーに関する懸念が挙げられる。「TikTok」を運営している中国企業のバイトダンス(ByteDance、字節跳動)は、米国人ジャーナリストの位置データに不正にアクセスし、その位置を特定しようとした従業員がいたことを22年12月に認めた(つまりはスパイ行為だ)。それを知りながら、いまだにTikTokアカウントをもっているのは、さまざまなアプリをテストするのが仕事だからだ。
TikTokを検索に使っているという同僚の言葉は好奇心をそそる。以前から年齢のせいでふたりとはちょっとした距離を感じていたが、その溝はいまや大きく広がっているのだ。対岸にいる同僚たちは情報の最前線にいるが、こちら側はくたびれ果てている。
自分が日ごろから書いている記事は、もはや時代遅れなのだろうか。自分が大学を卒業したばかりのときは、グーグルが株式を公開した時期だった。そして、スティーブ・バルマーがマイクロソフトの最高経営責任者(CEO)として「Microsoft Bing」を披露したときには、その場に居合わせていた。このような体験をしていると、逆に信頼されない気がしてしまう。
手始めに、AirTagのペアリング方法を検索してみた。鍵をなくしてばかりいるので、プレゼントされたものだ。
疑問はTikTokのおかげで、すぐに解決した。検索結果のいちばん上に表示された31秒の動画を観てすぐにわかったので、画面を下にスクロールする必要もない。TikTokのサムネイルは自動再生されるので、音声を聴くために動画をタップすることもないのだ。簡単だし一瞬で終わる。これは楽しくなりそうだ。
2日目
目を覚ますと、オンラインで徹底的に検索して調べなくてはならない仕事があることを思い出す。TikTokを開き、アップルの店舗で働く従業員の正確な数など、アップルの事業に関する具体的な情報を検索してみる。
だが、TikTokでこうした情報は確認できなかった。代わりに便利なライフハック動画(1,100ドルのiPhoneを経費に計上して半額にする方法)や、Apple Storeでやりとりする客と店員のパロディ動画が見つかった(店員が90人いて応対中はたったの6人、1時間も待たされてる客に「従業員」が謝罪しているという内容)。
エディターが「Googleで検索してあげるよ」(まさにそう言った)と助け舟を出してくれた。つまりTikTokでは、米証券取引委員会のウェブサイトでForm 10-K(企業活動の年次報告書)を読むことはできない。このサイトではTikTokの投稿しか見られないのだ。
しばらくしてTikTokをまた開いてみると、「oldloserinbrooklyn」というアカウントをすすめられた。具体的には、このユーザーが投稿した2023年のトレンド予測動画がすすめられ、「廃刊になる紙の雑誌が増える」ことが真っ先に予測されていた。これはつくり話ではない。
寝る前にTikTokをだらだらと眺めながら、生活を改善してくれそうな情報を探していた。とはいえ、こうしたものは何の根拠も裏付けもないものだろう。ランニングを始めるとか、髪の美容液を使うとか、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を飲むといったものだ。
ソーシャルメディアを通じて他者と考えを共有する壮大な実験のようなものに、自分が10年以上も前から参加していることはすでに自覚している。ライフハックといった類いの情報をソーシャルメディアで検索しているのは、そうしたことに少しずつ心が染められているからだ。そしていま、TikTokで検索しながら再び魂に浸透させているわけである。
「brain zap」と呼ばれる体験を説明しているTikTok動画を何本か観た。初めて耳にした言葉だったのでGoogleで検索しようと思ったが、やっぱり寝ることにした。
3日目
こんなばかげた実験は、もうやめたい。それでもTikTokを何としても役立ててみせると誓いを新たに、「紅茶のシミの取り方」や「ズッキーニヌードルのつくり方」を検索した。ズッキーニヌードルはおいしくなかったが、それはズッキーニだからであって、TikTokが悪いわけではない。
4日目
検索についての質問に答えてもらえるのではないかと期待しながら、TikTokの広報担当者に再びメールを送る。対応が遅い。ここで白状しておきたいが、Google 検索を再び使うようになった。検索のマルチ使いだ。
5日目
土曜日。友人のバースデーディナーのためにレストランをTikTokで検索することにした。これぞ正真正銘の試練だろう。TikTokが「Google マップ」やレビューサイト「Yelp」の代わりとなれるのだろうか。
別の日に「近所のおいしいコーヒー」と検索してみたが、ロサンゼルスのコリアタウンにあるコーヒーショップを勧められた。残念ながら自宅からは遠すぎる。
誕生日を迎える友人はヴィーガンなので、「サンフランシスコのヴィーガンレストラン」と検索した。検索結果の多さに驚かされたが、レストランに関する動画を見せられるだけで、簡潔なレビューを読めないことにいらだってしまう。広告も混ざっているうえに、レビュー投稿者のふりをしたインフルエンサー気取りもいて信用ならない。
結局、ピザを食べることにした。ベンチャーキャピタルのような名前の高級ピザレストランだ。店内でTikTokを使って「カチョカヴァッロ」という言葉を検索し、チーズの一種だと学んだ。しかし、面倒だったので、成分について説明していた本編は観ていない。
友人はペスカタリアン向けのピザを注文。自分はカチョカヴァッロとマッシュルームのピザにしたが、とてもおいしかった。TikTokだけで検索しながらつづるこの“日記”は、カルチャー誌『New York』で連載されている「The Grub Street Diary」のようになってきたが、それでも構わない。
6日目
今日は1日、TikTokを開かないようにした。午前中は短距離ロードレースに参加し、夕方は読書することに。自由だ。
ロードレースと読書の間に友人たちと朝食をとった。そのうちのひとりは、Google 検索について記事を書いたことがある。
グーグルは検索結果に視覚的な要素をさらに取り入れ、無限にスクロールできるようにしたが、TikTok世代のユーザーを引き込もうという魂胆が丸みえだ。それよりまず、検索結果の冒頭に広告が表示されないよう何とかすべきだという意見もあるだろう。閑話休題。
7日目
検索エンジンとしてのTikTokの実力は、この日で限界に達したように思う。ニュース速報を検索したところ、文字が載せられTikTok向けに再編集された動画が表示された。しかし、どことなく物足りなさを感じてしまう。また、一部のコンテンツは正確かどうかも怪しい。
「haecceity(個体原理)」という単語を検索してみた。とはいえ、言葉の定義が見つかることは期待していない。「Haecceity」という名のアカウントはひとつあったが、言葉の意味はまったく理解できなかった。
そこで、Googleに助けを求めてみることに。この言葉は哲学用語で「これ性(thisness)」と定義され、「FreeDictionary.com」によると、ある個体をその状態にする、ほかのいかなるものとも違う本質だという。
検索ツールは、どれも独自の個体原理を有している。基本的な機能として備わっているのは検索機能だ。しかし、広告や異なるユーザー体験、いたずら動画、ほかのユーザーとのつながり、言語やパーソナライゼーション、ごく最近では自動化と、さまざまな要素が重ね付けされている。
こうした特性は関連し合っているが、それはデザインを互いに「借用」しているからではない。どう猛さを増すAIによって動かされているからだ。検索エンジンの最初の20年間が人間の役に立つ時代であったとすれば、次世代の検索エンジンは人間とは何かを理解するべきだろう。人のために何かを書くことになる時代になるのだから。
TikTokの検索についてさらに問い合わせてみた。例えば、検索結果はどれほどパーソナライズされているのか、ユーザーの検索データはどこにどのくらい保存されるのかといったことを尋ねてみたが、返事はない。
7日目になると、TikTokを検索エンジンとして使うことをあきらめた。その一方でTikTokは驚くほど実用的で、また使ってみようと思えるほどだった。この記事を書きながら、何もかも理解しているとでも言いたげな「おすすめ」ページを開くと、早朝にネコが飼い主を起こしている動画が表示された。うちのネコも同じことをする。
(WIRED US/Translation by Yasuko Endo/Edit by Naoya Raita)
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