NEW YEAR

昭和99年のシンギュラリティ──新年に寄せて編集長から読者の皆さんへ

2024年は昭和にすると99年、いよいよ節目のときとなる。その間、ポジティブ/ネガティブなパラダイムシフトはいくらでもあった。では、本当は変えなければならなかったことは何だろう──新年に向けた特集「THE WORLD IN 2024」に寄せて、『WIRED』日本版編集長・松島倫明からのエディターズレター。
昭和99年のシンギュラリティ──新年に寄せて編集長から読者の皆さんへ
COVER ARTWORK: OCTA, PHOTO: DAIGO NAGAO

2020年代に突入してから、種としての人類は「1週間先のこともわからない」時代を過ごしている ── 当初はパンデミックによって、そしていまは生成AIによって。この一年、毎日のように新たな人工知能(AI)サービスが現れ、「人間にしかできないこと」のリストがどんどんと短くなっていくのを眺めてきた。OpenAIのドラマの裏には「汎用人工知能(AGI)がすでに誕生しているのを秘匿しているからだ」といった陰謀論者好みの憶測が飛び交い、それすら2024年には退屈な話でしかなくなるのかもしれない。

でも、なぜいまなのだろうか? なぜAIは突如としてその指数関数的な発展のスピードを速めたのだろう。「2045年にシンギュラリティが到来する」という有名なご神託を発したレイ・カーツワイルは、近々『The Singurality Is Nearer』という続編を刊行予定だという。

これは日本に限った話だけれど、もし昭和という元号が続いていたとすれば、2024年は昭和99年となる。もちろん、神話を除けば天皇の在位が100年を超えることなんてないけれど(少なくともポスト・ヒューマン時代が到来するまでは)、昭和という元号でリフレームしてみれば、また違った時代の景色が見えてくる。つまり、古くて大きなシステムがついに節目を迎えつつあるのだ。

隠れた時代の節目という点では、20世紀が本当の意味で始まったのは1920年代からだ、と言われることもある。第一次世界大戦が終わり、ラジオやクルマ、映画といった新しいテクノロジーや大衆文化が台頭し、消費が拡大すると同時に女性の権利拡大、都市化の進展といった社会変動によって、ようやく20世紀の輪郭が見えてきたというわけだ。

同じことは21世紀についても言える。いまから100年後、22世紀の歴史の教科書には「21世紀のプレ・パンデミックの時代には、インターネットはまだほとんど使われていなかった」と記述されるだろう。100年後から振り返れば、インターネットとは結局のところ、空間コンピューティングであり、AIアシスタントであり、地球サイズのブレインネットワークの出現のことを指すはずだからだ。

つまり昭和99年は、世界でもいよいよ実質的な世紀の変わり目というタイミングと重なる。でもそれは、ゼロからまっさらな新しい時代が始まることを意味するわけではない。そうではなく、まるで新品の本棚を古い本で埋めるように、AIがこれまでの人類の営為から学び、模倣し、反復する時代の始まりなのだ。

いまこそ昭和を終わらせるとき

改めて、昭和99年の現在地を考えてみよう。過去と現在の差分を考えるためには4象限にしてみるといい。変化したこと/しなかったこと、そして、ポジティブ/ネガティブ、という2軸だ。この100年のポジティブな変化ならいくらでも挙げられる(『WIRED』の得意な領域だ)。ネガティブな変化も残念ながらたくさん指摘できるだろう。だが、同じく重要なのは「変わらなかった」ことだ。それがネガティブに作用している場合を「昭和的なるもの」とここでは呼ぼう。いまだに書類に和暦を記入しなければいけないとか、電子マネーの使えない自動販売機とか、そういう類いのものだ。

もちろん、もっと大きな問題もある。いまだに続く戦争や汚職もそうだ。ジャニーズ問題が露呈させたのは、他者を搾取し、差別し、手を差し伸べる代わりに無視するような、人間が人間を大切にしてこなかった時代の価値観だ。AIは今後、こうした人間社会の価値観をますます学習し、“常識”として身につけていくだろう。だからこそぼくたちは、いまこそ本当に、昭和を終わらせなければならないのだ。

変わらなかったことにはポジティブな側面もある(よき伝統のように)。本当はもっとひどかったかもしれないけれど、人々の努力によって現状で踏みとどまっていることだ。哲学者の戸谷洋志はそれを、「『私たちは破局を回避した』という判断は可能なのか?」と問う。例えば、核の冬、エネルギーの枯渇、成長の限界による地球規模の破滅、スーパー耐性菌やバイオテロなどがそうだ。到来しなかったからといって祝福されるわけではなく、悪魔の証明のように、いつまでもその「破局」は目の前にあり続ける。いまやそのリストの上位に躍り出たのが、AIによる人類の滅亡や隷属化だ。

AIとの望ましい関係性を目指す「AIアライメント」は、2024年の必須リテラシーとなるだろう。歴史を振り返れば、人間は自分たちとは別の優れた知性をもつ存在と良好な関係を築くのがそれほど得意だとはいえない。でもヒントは身近なところにある。SF作家カート・ヴォネガットの作品に「若者よ、この地球にようこそ。ここでの寿命はたかだか100年ぐらいじゃないか。わたしが知っている決まりはたったひとつだ。ジョー、人にやさしくしろ!」という大好きな一節がある。この実践の先に、シリコンの生命であれ有機的な生命であれ、あらゆる種との共生の時代が始まるだろう。ぼくたちはついに昭和を終えて、シンギュラリティを迎える準備ができるのだ。

『WIRED』日本版編集長 松島倫明


※ 雑誌『WIRED』日本版VOL.51 特集「THE WORLD IN 2023」より転載。
※ この記事は英語版も公開されています。英語版の記事はこちら
※『WIRED』によるエディターズレターの関連記事はこちら


雑誌『WIRED』日本版 VOL.51
「THE WORLD IN 2024」は好評発売中!

アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集。詳細はこちら