植物プランクトンやエアロゾルを宇宙から観測、NASAの新衛星が示す地球の未来

一見ちっぽけな存在である植物プランクトンやエアロゾルが、気候変動に大きな影響を与えている。地球温暖化が危機的な状況を迎えているいま、科学者らは地球観測衛星「PACE」を通じて情報を集めようとしている。
PACE Spacecraft inside of a large room
地球観測衛星PACEPhotograph: NASA

空の高い所と広い海原で、ちっぽけながら世界で最も影響力の強いふたつの存在が、かたくなに秘密を守り続けている。エアロゾルと植物プランクトンだ。それらの謎を解き明かす目的で、NASAは地球観測衛星のPACE(プランクトン・エアロゾル・雲・海洋エコシステム)を2月に打ち上げた。このミッションがもたらす発見は、世界が温暖化によりどれほど劇的に変化しているかを理解する鍵になると期待されている。

エアロゾルとは、粉塵、山火事の煙、化石燃料由来の汚染物質など、大気に漂う微粒子のことで、日光のエネルギーを吸収・反射し、雲の形成を促す。ただし、その仕組みはとても複雑で、数々の気候モデルをもってしても、まだ解明にはいたっていない。一方の植物プランクトンは植物に似た微小な海洋生物で、食物網の基礎をなす。炭素を隔離するので、地球の温暖化を遅らせる役に立つ。「基本的に、植物プランクトンは炭素を移動させるので、それが長い時間でどう変化するかを理解する必要があります」と説明するのは、NASAゴダード宇宙飛行センターのジェレミー・ワーデルだ。

観測衛星であるPACEは、これまでにはなかった視点から、エアロゾルと植物プランクトンの姿を見せてくれるだろう。そこから得られる情報があれば、人類の世界が今後どう進化していくか、予測できるようになるかもしれない。「大気と海水の温暖化には犠牲が伴います。そして、生物学の観点から見た場合、その犠牲とは食物連鎖の基盤が大きく変化するということです」と、プロジェクトサイエンティストとしてPACEに関わっているワーデルは言う。

プランクトンにはさまざまな形や大きさ、あるいは緑の色合いがあり、生態系においてあらゆる種類の役割を果たしている。

PHOTOGRAPH: FLPA/AFLO

さまざまなプランクトンを識別できる感度

植物プランクトンは微小ではあるが、大海原に緑色の縞模様を描けるほどの数で繁殖する。そのため、衛星から問題なく観測できる一方で、これまでのところ観測されてきたのは、基本的にいつも同じ見た目の緑の縞模様だけだった。しかしPACEに搭載されている極めて高感度な装置を使えば、紫外線から近赤外線まで、電磁スペクトル全体を高感度で観察できる(人間が目で見ることができるスペクトルは、このふたつの間だ)。要するに、PACEはあらゆる色合いの緑を観察できるのだ。

森を眺めたときに、何が見えるかを思い出してみよう。「さまざまな種類の樹木の葉はどれも緑ではありますが、それぞれすこしずつ異なる緑です。つまり、それらは異なる植物なのです」とワーデルは言う。「わたしたちが見たいのは、そうした、とても、とても繊細な色の変化なのです」

その観測を通じて、科学者はどこでなぜ植物プランクトンが繁殖しているのかを知るだけでなく、それらがどのようなコミュニティを形成するかも知ることができる。世界には数え切れないほどの種類の植物プランクトンが存在する。動物プランクトンと呼ばれる微小動物のエサになる種もあれば、有毒なものも、ほかの何よりも多くの炭素を隔離する種もある。現代の人工衛星が宇宙から見る情景は8色のクレヨンで描いた絵のようなものだが、PACEの目を使えば、植物プランクトンはまったく違って見えるだろう。「PACEで得られるのは、128色セットのクレヨンで描いた絵です」とワーデルは言う。

Video: Andy Sayer/NASA

海が急激に変化をしているため、植物プランクトンのコミュニティについて理解を深めることはとても重要だ。植物プランクトンは人間が大気に放出する余分な熱のおよそ90%を吸収するのだが、過去1年ほどで、海面温度が記録的な上昇をし、その高温を維持している。高い水温により、悪影響を受けて成長が鈍る植物プランクトン種もいれば、逆に温度計の目盛りが上昇すればするほど繁栄する種も存在すると考えられる。

さらには、温かい水面が、その下の冷たい海水を覆う蓋のように作用する。「お気に入りのアイリッシュパブでハーフ・アンド・ハーフを飲むような話です。(ラガービールの)ハープの上にギネスが浮かんでいるのです」。ワーデルはさらに付け加えた。「海の上層に広大な範囲にわたってバリアが張られ、温水層の下にある冷水内の栄養素が拡散できなくなります」

植物プランクトンの成長にはその栄養素が欠かせない。したがって、特定の海域に温水の蓋がとどまり続けると、光合成を行なう種のコミュニティに大打撃となる。食べるものが減るので、動物プランクトンも数を減らす。もちろん、動物プランクトンを食べる魚など、食物連鎖の上位にいる大型の捕食者も影響を受ける。最終的には、人間がタンパク質源としている食物種も数を減らすだろう。

有害藻類の繁殖も観測

また、植物プランクトンのなかには毒素を生成するものもいる。そうした毒は、アシカなどの海洋性哺乳類を死に至らしめたり、貝など、人間が食べる海産物に蓄積したりする。PACEのおかげで、科学者は特定の植物プランクトンが繁殖している状況で特定の藻類が増えるかどうかを知ることも、その状況を引き起こす条件も、よりよく理解できるようになるかもしれない。「有害な藻類は常に存在していますが、海洋条件の変化に伴い、さまざまな変化が現れつつあります」。そう説明するのは、衛星写真を用いて植物プランクトンを研究しているウッズホール海洋研究所の海洋学者、トム・ベルだ。「以前とは異なる時期に、あるいは異なる頻度や異なる期間で、有害な藻類が繁殖する可能性があります」

PACEチームはデータを自動で解析するアルゴリズムを開発した。「基本的に、そのアルゴリズムは海の色をシグナルとして用い、それをいわば有害藻類の濃度に変換します」。カリフォルニアにあるスクリップス海洋研究所に所属し、PACEの主要調査員として同アルゴリズムの開発に携わったダウリウス・ストラムスキは説明する。「つまり、ある種が繁殖し始めると、それが有害藻類の増殖の始まりと特定されるかもしれません。データがリアルタイムで送られてくるので、そこに時差は生じません」

植物プランクトンは、光合成を行なって成長する際に炭素を吸収する。死んで沈むと、あるいは動物プランクトンに捕食されて糞塊に包まれると、一部は海底に到達し、炭素も深海で蓄積されることになる。その期間は数千年におよぶ可能性もあり、その量は想像をはるかに超える。先月、研究チームが、底引き網漁船が海底の堆積物を巻き上げる際に解放される海底貯蔵炭素量を試算したところ、400万隻にもおよぶ全世界の漁船のエンジンが排出する炭素量の合計の2倍であることがわかった。

海洋条件が急激に変化するなか、科学者たちはPACEの力を借りることで、どの植物プランクトンが勝ち、どれが負けるかを見極め、それが炭素サイクルにどう影響するかをよりよく理解できるようになるだろう。そのためには、どの種が日の当たる海面上層で炭素を取り込み、そして閉じ込めているのか、どのプランクトンのコミュニティが炭素を深海へもたらす役目を担っているのかなどを知る必要がある。

加えて、PACEはさらに、マルチアングル偏光計と呼ばれるふたつの装置を利用することになっている。さまざまな角度から大気のスナップショットを撮影するのが目的だ。以前はエアロゾルを平面的に捉えていたのに対し、今後はもっと立体的に観察できるようになると考えればわかりやすいだろう。「例えるなら、この装置には偏光サングラスがかけられているので、世界がまったく違う形で見えるのです」とワーデルは言う。「さまざまな角度から大気を眺めることで、エアロゾル・プルームや雲の厚さ、垂直的に見たそれらの位置に関して、より多くの情報が得られます。複数の視点から得た偏光情報を総合すれば、大きな飛躍が遂げられるはずです」

この映像は、大気中にある煙や海塩、あるいは粉塵の移動する様子を可視化したもの。サハラ砂漠から巻き上がる砂塵の雲に注目。

Video: NASA’s Scientific Visualization Studio

エアロゾルの動き解明への期待

気候変動において、最も予想がつかないのがエアロゾルだ。含まれる物質によっては、エアロゾルは太陽エネルギーを吸収および反射することもあれば、冷却あるいは温暖化作用を発揮することもある。最近になって研究が行なわれ始めたのだが、脱炭素化には好ましくない副作用がある。化石燃料を燃やす量を減らすと、気候を冷やす作用のあるエアロゾルの放出量も減るのだ。つまり、炭素を大気に排出することは絶対にやめなければならないが、一方そうすることでエアロゾルが減り、結果としてさらに温暖化が進む恐れがある(とはいえ、エアロゾルも人間の健康に悪影響を及ぼすので、やはり脱炭素化を急ぐ必要がある)。

エアロゾルを含む大気の動きはあまりに複雑であるため、モデル化するのはいまもなお困難だ。加えて、エアロゾルは水蒸気を引きつける核として機能し、雲を形成する。エアロゾルの種類に応じて、その雲は熱をためて地球を温めることも、逆に太陽エネルギーを反射して地球を冷やすこともあるので、複雑さは増すばかりだ。「エアロゾルと雲、汚染、あるいはサハラ砂漠からの砂塵、火山が吹き出す粉塵、海洋性の霧、それらの相互作用が、地球というシステムを動かしているのです」とワーデルは言う。「雲の明るさや厚さ、あるいはエアロゾルに対する反応など、雲の理解が進めば、わたしたちは不確実性を克服することができるでしょう」

Originally published on WIRED.COM
Translated by Kei Hasegawa/LIBER, edited by Mamiko Nakano

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