経口治療薬「パキロビッド」への耐性をもつ変異とは?:新型コロナウイルスと世界のいま(2023年3月)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策の緩和に伴い、公費による補助の方針や医療体制が各国で見直されている。一方で医学界では、経口抗ウイルス剤への耐性をもつ変異や、感染が免疫細胞に与える影響に関する研究も発表された。これらの最新情報と共に、この1カ月の新型コロナウイルスに関する動きを振り返る。
経口治療薬「パキロビッド」への耐性をもつ変異とは?:新型コロナウイルスと世界のいま(2023年3月)
Photograph: Joe Raedle/Getty Images

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策が緩和されるにつれ、各国で医療体制や公費による支援などの見直しが進められている。国が公費で負担していた公衆衛生のための費用のなかには、今後市民が支払うことになるものも出てくるだろう。

いまも新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はふたつ以上の変異株が宿主に同時感染することで起きる遺伝子の組み換えや、突然変異によって進化を続けている。世界ではこうした組み換えによって出現した感染力の強い「XBB.1.5」がいまのところ主流となっているが、この変異株はオミクロン株のような症状から特に変化したという報告はない。ただし、インドではXBB.1.16と呼ばれるCOVID-19の新たな変異株が出現しており、世界で感染スピードを増している。

再感染が主流となってきているいま、わたしたちの免疫にはCOVID-19によってどのような変化が現れるのだろうか。変異株の出現によって、一部のCOVID-19の治療薬が無効化されるという研究があるなか、ファイザーの経口抗ウイルス剤「パキロビッド」は、いまだに効果をもつのだろうか。新型コロナウイルスと世界のいま、2023年3月の動向を振り返る。

パキロビッドへの耐性をもつ変異

いま世界で主流となっているSARS-CoV-2のウイルスのなかには、すでにファイザー製の経口抗ウイルス剤パクスロビド(日本の製品名は「パキロビッド」)に対する耐性が確認されているものがある。ウイルスの複製を阻害するプロテアーゼ阻害剤として知られているこのパキロビッドは、COVID-19の治療効果をすぐに得られなくなる可能性がある。

こうした薬剤耐性のアミノ酸変異は、世界の異なる地域で独立して複数回にわたって出現していたことが確認されている。このほど学術誌『Science Advances』のオンライン版で発表された新たな研究では、いま流通している別のアミノ酸変異がパキロビッドの有効成分であるプロテアーゼ阻害剤ニルマトレルビルに対する耐性に加え、日本で承認されたプロテアーゼ阻害剤「エンシトレルビル」に対しても耐性をもつことが判明した。これはSARS-CoV-2のプロテアーゼのたったひとつのアミノ酸変異が、抗ウイルス薬の有効性を著しく損なう可能性があることを示唆している。

ただし、今回はふたつの異なるプロテアーゼ阻害剤に耐性をもつSARS-CoV-2の変異株の存在が示されたが、それらの耐性プロファイルには明確な違いがあり、変異株によってはひとつの薬剤の効果がなかった場合も別の薬剤が効く可能性はあるという。

今後は耐性プロファイルの異なる次世代プロテアーゼ阻害剤や、複製や細胞侵入など異なるウイルスプロセスを標的とする薬剤の開発が必要とされると、論文は結論づけている。また耐性のリスクを下げるためには、プロテアーゼ阻害剤は単純な耐性変異を避けるために慎重に設計する必要があるという。

ウイルス感染がキラーT細胞を激減させる

新型コロナウイルスへの感染は免疫細胞、そのなかでも特にキラーT細胞(CD8+細胞)の反応を鈍らせることがジャーナル誌『Immunity』に掲載された新たな研究で示されている。キラーT細胞は、ウイルスに感染した細胞を破壊して除去する役割を果たす免疫細胞だ。その反応が鈍くなるということは、感染によって免疫力が低下することを意味する。

この研究では、COVID-19から回復後にワクチン接種を受けた人のキラーT細胞の量が、ワクチン接種後に未感染の人と比べて大幅に少ないことを米国立衛生研究所(NIH)が報告している。つまり、COVID-19は免疫細胞の一部に何らかのダメージを与えるのだ。なおキラーT細胞は、感染後やワクチン接種後に免疫反応の指標として測定される抗体量(B細胞)とは異なるものである。

研究によると、COVID-19の未感染者は、ワクチン接種後にキラーT細胞を含む免疫細胞の免疫応答がしっかりと起きていたことが確認された。ところが、罹患から4カ月のあいだに採取されたボランティア(ワクチンを接種済み)の血液サンプルによると、COVID-19に感染した人々のキラーT細胞は産生量がかなり少なく、機能的にも劣ることがわかった。

これはウイルスがキラーT細胞の応答を抑制することを示唆しており、この特定の免疫細胞の回復を難しくしている可能性がある。つまり、体内からウイルスが除去されたあとでも、免疫の回復には時間がかかることを示しているのかもしれない。

ただし、感染後にワクチンを接種した人々のキラーT細胞の量は、感染後にワクチン未接種者のレベルよりも高かったので、依然としてワクチンの恩恵を受けていることには変わりがないという。つまり、過去のSARS-CoV-2への感染がワクチン接種におけるT細胞の反応にダメージを与えることを示唆しており、C型肝炎やHIVなどのウイルスに感染した後に免疫系が長期的に損傷することを示した先行研究で見られた効果と同様であるという。

この新しい知見は、SARS-CoV-2に過去に感染した人の抗ウイルスCD8+T細胞応答を特異的に高めるワクチン戦略を開発する必要性を強調するものであると、研究者は結論づけている。

WHOがワクチン接種ガイダンスを改訂

いまやほぼすべての人々にCOVID-19の感染やワクチン接種による免疫があることを踏まえ、世界保健機関(WHO)は重症化リスクが低〜中程度の人々にはCOVID-19の追加接種の優先度は低いと発表した。このほど改訂されたガイドラインでは、COVID-19ワクチン接種の優先使用グループとして高、中、低の3つが設定されている。これは主に重篤な疾患や死亡リスクに基づき決められたグループで、ワクチンの効果や費用対効果、プログラム上の要因(ワクチンの種類や投与量、スケジュールなど)、地域の受容性を考慮しているという。

優先度が高いグループには、高齢者や重大な合併症(糖尿病や心臓病など)をもつ若年者、免疫不全状態にある人(HIV感染者や移植患者など)、妊娠中の人、最前線の医療従事者が含まれる。これらのグループに対しては、年齢や免疫不全状態などの要因に応じて、最終接種から6カ月または12カ月後に追加ブースター接種が推奨されている。

しかし、優先順位が中位のグループ(50~60歳未満で合併症のない健康な成人や、合併症のある子どもと青年)や、優先順位が低いグループ(6カ月から17歳の健康な子どもおよび青年)に対しては、ブースター接種も毎年の接種も経済状況を考慮しながら各国がその国特有の状況を踏まえて判断するよう勧告している。これらのグループは疾病負担が低いことや、公衆衛生上の見返りが比較的少ないことが考慮された結果だという。

なお、WHOの報告では優先順位が中位および低いグループに対しても、一次接種と最初のブースター接種は安全であり効果的であることが強調されている。

日本を含む世界では、人口のほぼ全員がSARS-CoV-2に対する何らかの免疫をもつことを踏まえ、もはや新型コロナウイルスをパンデミック当初のような脅威として扱わなくなってきている。ただし、研究では、一度の感染でウイルスを除去する免疫細胞の一部が激減することがわかっており、再感染しやすくなったり、ウイルスを除去できなくなって体内で持続することによる長期的な後遺症を発症しやすくなったりする可能性が挙げられた。これはCOVID-19のたび重なる感染による個人の健康リスクを考慮しなければならないことを示唆している。

世界ではマスク着用もワクチン接種も、個人の判断に委ねられるようになってきている。とはいえ、普通の風邪とは異なり、COVID-19の再感染はそれなりの健康被害を伴うことを忘れてはならない。

※『WIRED』による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の関連記事はこちら


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