ドリンクウェアブランド「Mermaid Straw」を運営するリサ・ハリントンは、客から受けた注文を1つ梱包する作業に2時間もかかることがある。これは梱包が特別難しいからでも、梱包する品物に特殊な対策が必要だからでもない。カメラの角度や照明を撮影に最適になるように調整する作業に時間がかかるのだ。
ハリントンが「Mermaid Straw」を創業したのは2018年のことで、5年後にはTikTokのフォロワー数は230万人にもなった。そして、そのフォロワーたちがハリントンの事業の運営方法を根本的に変えてしまったのである。
いったいどういうことか。フォロワーたちは、自分が注文した品が梱包される様子を見たがったのだ。
「Mermaid Straw」で商品を注文した客の10人に1人は、梱包の様子をカメラで撮影してほしいと注文のメモ欄に残す。TikTokのコメント欄に注文番号を書き込み、次回は自分の商品を撮影してほしいと懇願する人もいる。
梱包の様子を映した動画の魅力
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)の前にハリントンが思いつきで梱包動画を初めて撮影したとき、それが新たなトレンドの先駆けになるとは思いもしなかった。TikTokでは、「#packingorders」のハッシュタグが付いた動画が現時点で90億回以上も再生されている。キャンディやジュエリー、クリスタルなどを扱う企業が、注文を梱包する様子を撮影しているのだ。なかには商品が梱包される様子を見たい顧客に料金を請求しているところもある。
iPhoneやゲーム機の箱を開ける様子を丹念に撮影した開封動画は、何年も前から流行していた。ところが、いまは販売者が個々の注文を箱詰めする動画の人気が急上昇しているのだ。「開封動画の魅力に加えて、動画に写っている品物が自分のためだけのものであるという感覚があります」と、開封動画について過去に記事を書いたことがあるメディア心理学者のパメラ・ラトリッジは語る。
開封動画の流行は、2000年代半ばに消費者が自ら包みを開ける様子を撮影したところから始まった。そこからYouTubeを席巻し、1つの開封動画が1億5,100万回も再生されるようになったのである。
開封動画も梱包動画も人々の好奇心を満たし、感情的な結びつきを生み出すのだとラトリッジは説明する。開封動画はクリエイターやインフルエンサーとのつながりを視聴者に感じさせるが、梱包動画はブランドや販売者とのつながりを感じさせるというのだ。
「顧客が販売者にとって本物の人間であること、そして販売者も顧客にとって本物の人間であることがわかる点を顧客は楽しんでいるのだと思います」と、ハリントンは語る。そしてこれらの動画は「企業的な雰囲気を払拭してくれる」ものであるとも付け加える。いまのところ、このトレンドに乗じるだけの時間とリソースがあり、美しい梱包場所を用意できるところは中小企業がほとんどだが、これが今後どう変化するかは誰にもわからない。
お金を払ってまで梱包動画を求める客の心理
フロリダ出身の30歳のブリトニー・アップルゲイトは、かわいい雑貨を扱うSunshine & Scoopsを経営している。オンラインショップを始めて1年足らずの23年2月、アップルゲイトは注文した商品の梱包の撮影に8ドルを顧客に請求するようになった。
「わたしにとってこの変更は稼ぐためではありません」と、アップルゲイトは語る。「以前も目が回るほど忙しかったのですが、お金をもらうようになってからさらに忙しくなりました」
代金を請求するようにしたのは、動画の撮影回数を減らしたかったからだという。「動画を撮らなければ、1日にもっと多くの注文を梱包できます」と、アップルゲイトは言う。「だからお金ではなく、どちらかというと時間をつくることが目的でした」
それでも客はあとを絶たない。編集が必要だった動画は取材時点で94本あり、これから撮影しなければならない動画が約70本もあるとアップルゲイトは語っていた。
自分の注文した品が梱包される様子を見るために、なぜこれほど多くの人が喜んでお金を払うのだろうか。「必ずしも商品に対してお金を払っているわけではないのでしょう。どちらかというと体験にお金を払っているのだと思います」と、15万人近いTikTokのフォロワーをもつアップルゲイトは語る。
体験にお金を払う
アップルゲイトの梱包までの流れは、少し変わっている。アップルゲイトの顧客は特定の商品ではなく、店側がランダムにすくったビーズを購入するかたちなのだ。それぞれのビーズは店内のさまざまな商品に対応している。つまり、例えば顧客の購入分として店側が赤いチョウのかたちをしたビーズを3つすくった場合には、顧客のところには握り心地がよいストレスボールが3つ届くというわけだ。
すくったビーズを整理してからそれに対応するいくつかの商品を梱包する様子を、アップルゲイトは撮影している。「どのビーズが当たり、自分の元に届く品物が何かがわかる様子に視聴者はわくわくするのだと思います」と、アップルゲイトは説明する。需要に対応できるように、4月から梱包動画は月に50本のみ販売することにしたという。
顧客から頼まれるたびに動画を撮影していたら、それだけで新たなフルタイムの仕事になってしまうと、菓子店「Hello Sweets」のオーナーのジェシカ・スティーブンソンは語る。そこで35歳のスティーブンソンは、1日に注文を1つだけ選んで梱包の様子をカメラで撮影している。
「撮影する注文はランダムに選ぶようにしています」と、ニューヨーク市の西部にある店舗とオンラインで商品を販売しているスティーブンソンは語る。「わたしたちは基本的に商品を紹介したいだけなのです。そして、これはほかのお客が実際にどんな商品を注文しているのか、また当店がどんな商品を扱っているのかを知ってもらうとてもいい方法です」
強力なマーケティング施策
梱包動画は強力なマーケティング施策である。梱包動画によって費用をかけない純粋な売上が「劇的に」伸びたのだと、インディアナ州に住み「Mermaid Straw」を運営する35歳のハリントンは説明する。
「2020年以降、広告による宣伝は一切していません」と、ハリントンは言う。「梱包動画を投稿することで得られる流入だけに頼ってきました。それだけで状況が劇的に変わったのです」
「Hello Sweets」を運営するスティーブンソンも同じように成功を収めている。53万人のTikTokのフォロワーのおかげで、夫は仕事を辞めて店でフルタイムで働けるようになったのだ。とはいえ、梱包動画を制作する利点は理解しているものの、「なぜ人々がこうした動画を見たがるのか、よくわかっていません」と、スティーブンソンは告白している。
理由はいくつかあると、メディア心理学者のラトリッジは語る。「人間の脳は報酬を受け取ることよりも、報酬への期待に強く反応するのです」。したがって、注文した商品が梱包される様子を見ることは、実際にそれを受け取ることよりも喜びを感じやすいのだ。
また、こうした動画は顧客が販売者とパラソーシャルな関係(面識がない人に対する一方的な関係)を築き、ショッピング体験をより有意義なものに感じているのではないかとラトリッジは推測している。注文品が丁寧に梱包、包装される様子を見ることで「注文がギフトを贈る体験に変わる」というのだ。
自分の注文ではない品物の梱包動画でも、こうした感情的な体験を得られる可能性はある。また、梱包用の紙をくしゃくしゃにしたり、テープを切ったり、心地よい声で梱包の工程のナレーションがあったりすると、多くの視聴者がASMRを体験する。
大量消費主義をあおる?
とはいえ、梱包動画が開封動画に取って変わったわけではない。結局のところ、これはインターネット上で大量消費主義をあおる新たな方法、あるいはラトリッジが言うところの「消費体験を拡張する方法」にすぎないのだ。
ソーシャルメディア上のほかの多くのトレンドと同じように、梱包動画も消費を美化するものである。ただし、人々が「より長く、より豊かな体験」を求めるようになるほど「考えなしの消費を減らす」ことにつながると、ラトリッジは主張している。
大手ブランドが「#packingorders」のハッシュタグに見合う梱包動画を制作する日は近いかもしれない。だが、梱包動画はいまのところ中小企業のトレンドにとどまっている。
「顧客とコミュニケーションをとったり、個人的な関係を築いたりする素晴らしい方法です」と、ハリントンは語る。「ブランドをよりよい方向に変えてくれます」
(WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)
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