ELECTROCHEMICAL BATTERY

バッテリー科学のブレークスルーで利用範囲がさらに広がる──特集「THE WORLD IN 2024」

安全性やコスト、汎用性など、さまざまなボトルネックを解消したバッテリーの実装が間近に迫っている。真のブレークスルーをもたらす鍵は、その柔軟性にある。
電気化学バッテリーのユースケースが劇的に広がる──特集「THE WORLD IN 2024」
ILLUSTRATION: OLLIE HIRST

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世界中のビジョナリーや起業家、ビッグシンカーがキーワードを掲げ、2024年の最重要パラダイムを網羅した恒例の総力特集「THE WORLD IN 2024」。持続可能な未来のための新技術に投資するVCの共同創業者サラ・スクラーシクは、ナトリウムイオン電池やフレキシブルバッテリーにより、24年はこれまで以上にエキサイティングな年になると予測する。


脱炭素を目指す社会にとって、電気化学バッテリーが汎用技術になりつつある。この種のバッテリーはすでに全世界で利用されていて、コスト面でも性能面でも改善が続いているため、車両の動力にはじまり、住宅やビルの緊急時用電力の貯蔵に至るまで、用途も広がりつつある。

しかし、バッテリーの革新の波はまだ始まったばかりだ。2024年には、バッテリー化学、応用性、形状や物理仕様といったフォームファクターの進歩によってユースケースが劇的に広がり、輸送市場や電力システム、そして幅広い産業に革命的な影響を与えるだろう。

現在のバッテリーには、主にリチウムニッケルマンガンコバルト酸化物、略してLi-ion NMCが用いられ、電動自転車からスーパーカーに至るまで、この種のバッテリーがほとんどの車両の動力を担っている。それは、エネルギー密度が高いという利点があるからだが、同時にニッケルやコバルトなど、採掘が難しい希少な金属を利用するという難点もある。こうした金属は突然「熱暴走」を起こすことがあり、製造にミスがある、あるいはメンテナンスが不十分な場合に、甚大で、致命的な火災につながる恐れもある。このリスクは、NMCバッテリーが最高品質かつ最適に管理されている場合は回避可能だが、小型で手ごろな車両が何億台も走る世界がやってくれば、話は別だ。

一方で、異なる化学組成をもつバッテリーが迅速に台頭しつつある。それが「リン酸鉄リチウムイオン(LFP)」だ。その名が示すように、ニッケルとコバルトを、豊富に存在する安価な金属、鉄とリン酸に置き換えたものだ。これらの金属をバッテリーに使うと、エネルギー密度はNMCバッテリーの半分ほどになるが、その分コストも30%下がる。LFPは大衆車向けであることがすでに実証されていて、特に中国では22年時点でLFPバッテリーが市場の62%に達し、わずか1年足らずでシェアを2倍にした。LFPバッテリーはまた、スペースや重量に制限のない、電力網に接続する固定式の蓄電設備にも利用しやすい(あるいは電力網から切り離された用途にも応用できる)。

真の革新は柔軟性にあり

24年はこれまで以上にエキサイティングな年になるだろう。中国のバッテリーメーカーが、ナトリウムイオン電池の商品化に着手した。このバッテリーには、リチウムの代わりに地球上で6番目に豊富な元素であるナトリウムを利用している。おそらく、それよりも重要なのは、中国の大手電気自動車メーカーがナトリウムイオン電池を発売予定の新車に搭載する計画を立てている点だ。

現在のところ、ナトリウムイオン電池はLFPバッテリーよりもエネルギー密度が低いが、その代わりに明らかな利点が3つある。ひとつ目はサプライチェーン。ナトリウムイオン電池は極めて潤沢に存在する金属を利用するため、メーカーは材料不足やボトルネックを心配する必要がない。ふたつ目は安全性。ナトリウムイオン電池はゼロボルトになるまで安全に放電できるため、熱暴走の危険を恐れずに輸送可能だ。そして3つ目がコスト。ナトリウムイオン電池のコストは、LFPバッテリーのおよそ半分になると見積もられている。

現時点での効率は比較的低いものの、世界有数のバッテリー製造企業の科学者たちがもたらした進歩により、ナトリウムイオン電池のエネルギー密度はLFPのそれに迫りつつある。バッテリー科学によって、この新たに商品化される化学組成のエネルギー密度を高めることに成功すれば、24年は電力網とクルマの両分野において、安全性やコスト、そして汎用性の観点で強力なコンビネーションを発揮するだろう。

なお、24年に真のブレークスルーをもたらす可能性のある究極のイノベーションは、フレキシブルバッテリーだ。従来の円筒状もしくはパウチ状のセルを必要としないフレキシブルバッテリーは、より多くのデバイスや衣服はもちろんのこと、蓄電が有益となるありとあらゆるスペースに入り込んでいくだろう。化学組成の改善と大量生産により、バッテリーはユビキタスかつ汎用になる。形を柔軟に変えられるようになれば、利用範囲はさらに広がっていく。24年には、こうしたバッテリーのおかげで日常生活に不安なく、エネルギー貯蔵を取り入れられるようになるだろう。

サラ・スクラーシク|SARAH SCLARSIC
気候テック投資会社Voyagerの共同創業者兼マネージングパートナー。ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学を卒業し、大気中の二酸化炭素を回収する技術を研究していた。

TRANSLATION BY KEI HASEGAWA, LIBER/EDIT BY ERINA ANSCOMB


雑誌『WIRED』日本版VOL.51
「THE WORLD IN 2024」

アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集!詳細はこちら


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