SF Thinking

2050年には「未来省」と「死後省」がある!? 「WIRED Futures」がSF的想像力で描いた世界【アーカイブ動画あり】

なぜいま、スペースオペラよりも明後日の未来を語ることが大事なのか? なぜいま、死者の再生を真正面から議論する必要があるのか? 不確実な未来へと踏み出すなら、「SF」という名の“認知の地図”を手にしよう。
「WIRED Futures」のトークセッションは虎ノ門ヒルズに23年にオープンしたばかりのステーションタワー最上部にあるTOKYO NODE HALLで行なわれた。
「WIRED Futures」のトークセッションは虎ノ門ヒルズに23年にオープンしたばかりのステーションタワー最上部にあるTOKYO NODE HALLで行なわれた。PHOTOGRAPH: comuramai

アーカイブ動画配信スタート!

30周年を迎えたグローバルブランド『WIRED』の総力を結集したOne Dayカンファレンス「WIRED Futures」。大盛況のうちに幕を閉じたこのイベントを、アーカイブ配信にてぜひご体験下さい。

アーカイブ動画視聴チケットの購入はこちらから(配信開始:1月15日(月)予定)
※すでにイベントチケットを購入されている方はアーカイブ動画が無料視聴できます。詳しくはPeatixからのメールをご確認下さい。


今後ますます激甚化する気候危機に対処するために来年、人類はついにグローバル機関として「未来省」を立ち上げる。同時に、デジタル空間に死後も残るあなたのアバターやデジタルツインを管理する行政府としての「死後省」も必要となるだろう── これは現実ではなく空想、つまりSF的想像力によって「WIRED Futures」で語られたアイデアだ。

30周年を迎えた『WIRED』の総力を結集し、人工知能(AI)や空間コンピューティングが日常となった未来のライフスタイル、エンターテインメント、ビジネス、都市、そして地球について、国内外の注目のゲストととも“追体験”する年に一度の大型カンファレンス「WIRED Futures」が2023年12月に開催された(アーカイブ動画はこちらから)。

その注目のセッションの数々から、WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所を運営する『WIRED』日本版が最も大切にしている「SF」をテーマに、SF作家のキム・スタンリー・ロビンスンによる「The Ministry For The Future:未来省──それは全人類に向けた気候危機のリハーサルだ」、SF作家で声優の池澤春菜と開発者の川田十夢(AR 三兄弟)による「SF Thinking:2050年12月8日(木)午前11時、東京の気温はいったい何度?」のセッションをピックアップ。

わたしたちは、いまの社会が大切にしている価値の何を未来に残し、何を手放すのか? それを考えるために、なぜ、いまこそ「SFの想像力」がかつてないほどに重要なのか? その答えの手がかりが見つかるはずだ。

スペースオペラよりも、明後日の未来を

「The Ministry For The Future:未来省──それは全人類に向けた気候危機のリハーサルだ」のセッションでは、SF作品の金字塔「火星三部作」で知られる現代最高のSF作家のひとり、キム・スタンリー・ロビンスンがオンラインで登場し、基調講演を行なった。スタンリーは、自身の作品について、常に現実的なモード、つまり遠未来よりも近未来、娯楽としてのスペースオペラよりも明後日に想像できることを描いてきたと良い、こう続ける。

「そうすると作品は必然的に気候フィクションへと変わるのです。『南極大陸』(1998)を皮切りに、現在に至るまでしばしば気候フィクションを書いてきました。近著の『未来省(The Ministry for the Future)』(2020)もそうです」

キム・スタンリー・ロビンスン(スクリーン)は自宅からオンラインでつないで登場。壇上はキーノート後の質問役を務めた本誌編集長の松島倫明。

PHOTOGRAPH: comuramai

23年に邦訳も刊行された『未来省』では、架空の国際機関、通称「未来省」のトップに就任した主人公が、差し迫る気候変動の危機を解決すべく地球工学や自然環境対策、デジタル通貨、経済政策、政治交渉など、ありとあらゆる技術、政策を総動員していくとともに、今後30年間で人類が対処しえるベストシナリオを提示している。

「スーパーサイエンスでもスーパーヒーローでもなく、社会や経済システムのなかで生きる普通の人々が、気候変動と未来との折り合いをつけることに成功する。持続可能で公正な文明への転換を図るのです」とスタンリーは言う。

同書の出版後は、バラク・オバマの推薦、米ニューヨーク・タイムズの名物ポッドキャスト「エズラ・クライン・ショー」への出演、『ローリング・ストーン』誌での書評掲載などを経てベストセラーへ。出版から3年が経ったいまでも、それこそ「WIRED Futures」のような場で、さまざまな立場の人々と未来を議論することに時間を費やすことになった。そのハイライトのひとつが、21年11月にグラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)に招かれキーノートを行なったことだろう。

「この本がすでに歴史的な文献ともなっているのは、(執筆はパンデミック前でしたが)やはりパンデミックのさなかに出版したことも大きいでしょう。気候変動にうまく対処するわたしたちの文明の物語は、現実ではめったに起きることはありません。個人の力では解決不可能な気候変動という問題を前にして人々は希望を失いがちです。パンデミックもそうした希望を失わせる出来事でした。

会場では雑誌『WIRED』日本版のバックナンバーのほか、登壇者の著作が並ぶ販売コーナも。用意された『未来省』は当日完売となった。

PHOTOGRAPH: comuramai

だからこそ、それがSFであろうが、ある種の政治的ファンタジーであろうが、自分の置かれた状況のなかで希望をもち続けることができる物語を人々は求めていたのです。こうした出来事は、突如として、わたしの人生に大きな意味を与えました。わたしは歴史の流れに逆らっているのではなく、新しい文明の創造に参加しているのだ、と」

「認知の地図」を与える、SFの意義

未来において直面する問題に対して、解決のシナリオを手に人類がよき未来を築いていくさまを常に描き出してきたスタンリー。「反・反ユートピア主義」というスタンスを貫いてきた自身の「ユートピア」の定義についてこう語る。

「わたしはこれまで、ユートピアSFの作家であり続けてきました。『ブルー・マーズ』(1992)、『レッド・マーズ』(1993)、『グリーン・マーズ』(1996)の「火星三部作」や『The Years of Rice and Salt(米と塩の歳月)』(未邦訳:2002)など、何度も何度も、歴史がいい方向に向かうように描いてきたんです。いま、わたしたちが直面している大量絶滅の危機や、人類の文明を崩壊させかねないほど深刻な危機を人間が生き延び、公正で持続可能な文明を築く──それは、いまこの瞬間から実現可能です。それこそがわたしのユートピアの定義です」

そうしたユートピアのかたちをSFを通じて綴り続けるスタンリーは、『未来省』出版からの3年間で得た新たな気づきを明かしながら、現代においていまなおSFが重要であり続ける理由を語る。

「小説は18世紀初期に英国で出現し、日本においては、紫式部の『源氏物語』があるように、さらに古くからある芸術様式です。それが、なぜ現在の世界において依然として重要な意味をもつのか。それは、本を読むときに時間をかけ、想像力を働かせ、自分自身でそれを現実のものにしなければならないからにほかなりません。これは現実の世界で大いに役に立つ力となり、映像やソーシャルメディアでは起こらないことだと考えています」

キム・スタンリー・ロビンスン|KIM STANLEY ROBINSON

米国のSF作家。世界的ベストセラーとなった「火星三部作」(『レッドマーズ』『グリーンマーズ』『ブルーマーズ』)、近著の『Red Moon』『New York 2140』『未来省』を含め著作は20冊以上。1995年と2016年に、米国立科学財団主催のアーティストや作家の作品を通じて南極の研究や美しさを広めるプログラムに参加。また、英国政府および国連の招待を受けて、グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に登壇。作品は28言語に翻訳され、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、世界幻想文化学大賞など名だたる賞を受賞。2016年、小惑星72432に「キムロビンスン」の名が付けられた。

PHOTOGRAPH: comuramai

さらに、SFのもつ“センスオブワンダー”が、その力をよりパワフルにするとも付け加える。

「わたしのSFの定義は非常にシンプルで、未来を舞台にした物語だということです。科学やテクノロジーに関するものである必要はなく、たとえ社会運動がテーマであっても未来を描いたものであればSFなのです。人間は生活のなかで常に未来のことを考えています。『こうすればいい未来が待っているかもしれない』、はたまた『悪いことが起こるかもしれない』とね。つまり、わたしたちはみな、自分の人生のSF作家でもあるのです。

SFの物語によって問題を直感的に理解し、未来のシナリオを頭の中で構築する作業を行ないながら世界を生き延びる、その体験は、自分の未来を描くうえでのよきツールとなってくれます。わたしたちは世界のすべてを知ることはできませんが、地図を持たなければ街を歩くことができず、未来を描くことなどできません。SFは、現在のグローバルな社会システムにおいての『認知の地図(Cognitive Map)づくり』を助けてくれるものなんです」

“乾き物”の攻略が、未来の訪れを告げる?

「SF Thinking:2050年12月8日(木)午前11時、東京の気温はいったい何度?」では、SF作家で声優の池澤春菜と開発者の川田十夢(AR 三兄弟)が登壇した。池澤の推察によれば、ウィリアム・ギブスンによる名作SF小説『ニューロマンサー』の描写を繋ぎ合わせると、同作は2050年前後を舞台にしている。池澤は「あまり暗い気持ちにならないように、できるだけポジティブな視点で……」と前置きし、さまざまな視点から2050年の未来像を想像していく。

「人口は世界的に減少の方向へ向かいつつあるので、コンパクトなスマートシティに都市部の機能が集約されていくのではないかと思います。一方で、医療や行政サービスといったインフラだったり行政のサービスなどは手が届きやすくなり、平均寿命はこれから圧倒的に伸びていくわけではありませんが、健康に生きていける年齢は伸びていく。子どもたちも、もっと自由にさまざまなものを学べるだろうし、遊びの幅も拡がる。窮屈に感じていることや自分の人生がどうなるんだろうといった不安に、もう少しいろいろなかたちでうまくパッチが当たっていくのではないかとも感じます」

池澤春菜|HARUNA IKEZAWA

声優、歌手、舞台俳優、エッセイスト。アクロスエンタテインメント所属。第二十代日本SF作家クラブ会長。星馬豪(『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』)、麻宮アテナ(『THE KING OF FIGHTERS』シリーズ)など、数多くのアニメやゲームのキャラクターを演じた。エッセイ集に『乙女の読書道』『SFのSは、ステキのS』『台湾市場あちこち散歩』など。2020年には初の小説作品『オービタルクリスマス』(原作:堺三保)を河出書房新社のWebサイトにて公開し、同作で第52回星雲賞日本短編部門を受賞した。近著は『SFのSは、ステキのS+』(早川書房)。

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一方、川田はユニークな視点で未来の分岐点を語る。

「このあとに行なうSFプロトタイピングのワークショップは『未来の文化祭』がテーマなのですが、例えば未来の『視聴覚室』は『視聴味覚触覚室』になるんじゃなかろうかと、結構、真剣に考えているんです。微弱な電流を流すことで白ワインを赤ワインの味に変える“電気味覚”で23年9月にイグ・ノーベル賞を受賞した明治大学の宮下芳明教授とのお話で興味深かったのは、乾き物のような電気が通らない(水分を含まない)食べ物は味覚を変えることができないそうなんです。ということは、乾き物を攻略できたときが、味覚の未来が訪れるときかもしれない。そう考えると2050年もおもしろい未来になりそうな予感がしますよね」

“死者の再生”の本質

本セッションのハイライトのひとつは、AI時代の「空間コンピューティング」への両者の見立てである。川田は、ラスベガスにオープンした球状のアリーナ「Sphere(スフィア)」でのオーディエンスのある振る舞いから感じた、コンテンツのゲームチェンジの瞬間をひもとき始める。

「これまで、みんなカメラをズームインして寄ることコンテンツを目撃・体験しようとしてきました。でも、スフィアのU2のライブでは、観客は空間の全景を収めるためにカメラを限りなく引いて撮影しようと努めるわけです。“寄っていく”ことで生み出す臨場感に重要なデータの『解像度』とは異なる、ある種、俯瞰的に人間を取り巻いている、いまのところぼくらがメタ情報として認識しているような“引く方向”の環境や空間の記憶の再現が、空間コンピューティングの体験の本質かもしれません」

川田十夢|TOM KAWADA

10年間のミシンメーカー勤務で特許開発に従事したあと、2009年から開発ユニットAR三兄弟の長男として活動。芸能から芸術、教育から産業、六本木ヒルズから日本橋に至るまであらゆる領域を拡張。J-WAVE『INNOVATION WORLD』が毎週金曜日、BSフジ『AR三兄弟の素晴らしきこの世界』が毎年年末年始どこかで放送。WIREDでは巻末に『THE WAY PASSED FUTURE』連載中。

PHOTOGRAPH: comuramai

そこで重要になるメタ情報とは、人間の記憶や思考、足跡といったライフログを指す。川田は、特定のシンガーソングライターの歌詞を分析して頻出単語のタググラフを収集するという自身の趣味を明かしつつ、ライフログの保存の重要性を強調する。

「例えば、山下達郎さんの楽曲には専門的な用語も含めて『天気』に関するさまざまなワードが頻出するんですよ。また松任谷由美さんの楽曲には『わたし』という単語が非常に多い。それを松任谷さんにぶつけてみると、彼女はそれを把握していて『わたしというフィルターを通せばすべてポップになる』と言ったんです。23年は偉大な音楽家の訃報が続いたこともあって、文化的な観点から、こうした時代を表象するアーティストの表現や思考をいかに残しておくかをどうしても考えてしまいます。

ぼくは2050年に長渕剛が何を歌うかに非常に興味がある。どこにどのように唾を吐くかは、その時代の反骨精神の現れだからです。しかし、それを実現させるためにはいまの段階では入力情報が足りない。その時代ごとの最先端を使ってライフログ的に足跡を残しておくこと。そして、本人の意思を生前に確認しておくこと。この2点が最も重要になるはずです」

米国のロックバンド「KISS」は、メンバーの3Dアバターを製作し、引退後はアバターがコンサートツアーを行なうことを発表した。これは、当事者が生きている間だからこそ決断できることでもあるだろう。川田のこうした視点を受け、すでにラジオ局で天候や渋滞情報を読み上げる「AI池澤春菜」を残し、「声」というメタ情報の活用範囲を契約として残していると明かす池澤はこのように続ける。

「ライフログを“死者の再生”に活用できる時代は案外早く訪れるような気がします。そのときに、個人の意思という論点と、残された生きている人間側がそれを受け入れることができるのかという論点が出てくるはずです。臓器移植の意思表示と同じように、保険証の裏に自身のメタ情報やライフログ、今後普及していくであろう自身のアバターやデジタルツインをどのように活用するかの意思表明を明記するようになるかもしれませんね。

また、個人のAIに人格を与えるのか、そしてデジタルツインの人格を削除することが殺人にあたるのか、といった新しい議論が生まれてくる可能性もある。さらには、それを管理するのは厚生労働省かもしれないしデジタル庁かもしれない。もしかしたら『死後省』のような存在も生まれてくるかもしれませんね」

モデレーターは『WIRED』日本版エディター・アット・ラージでWIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所所長の小谷知也が務めた。

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喜びの記憶を空間に刻む

その場所に関わった人々の死生観が密接に関わるモニュメント周辺の記憶においては、何を残し、何を残さないかの議論が人間の重要な役割となる。川田は、東日本大震災で起きた惨劇を忘れないための記録保存・再生を相談された経験を振り返りながら、このように付け加える。

「無感情に保存するには、その場所にこれからも接し続ける方々にとってはあまりにトラウマティックな記憶ですし、過度に情報を冗長化しすぎるのはよくないと判断して、非常に悩んだ結果お断りしたことがあります。同時に、現地の方々にどんな記憶を保存したいかを聞いた当時のことはよく覚えています。『慰問に来てくれた人々のパフォーマンスやステージを見て初めて笑顔になることができた。その記憶を残して欲しい』と。そのとき、つらい記憶はもちろん十分にその場所の人間の心のなかに共通的にすでに刻まれていて、むしろそこから離れた、喜びに触れた瞬間を残すべきなのではないかと感じたんです。

さまざまなセンシングの技術とAIが社会に最適化されていくなかで、人間の心にとどめて残しておくべきこと、技術で空間の記憶として残しておくべきことの区別が、人間によるクリエイティブの仕事なのではないでしょうか」

「未来省」から考えるSF文学の意義から、死後省、そしてAI時代の空間記憶の核心へ。スタンリー、池澤、川田たちによるセッションは、SF的想像力が掻き立てる多元的な未来への分岐点を縦横無尽に語り尽くす濃厚な時間となった。最後に川田は「ちょっと真面目な話になりすぎたので……」と、彼らしいユーモアをもってセッションを締めくくる。

「視聴味覚触覚室が実現する未来では、さまざまな空間のデータを添付できるようになります。なので、中華料理屋さんのものすごくベタベタの床やビルの信じられないくらいツルツルの床など、ユニークなメタ情報をもってるひとが人気になるので、いまからバンバン記録しておくといいと思いますよ!」

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