AIで改変された「ヒトラーの演説」がXで波紋を広げている

アドルフ・ヒトラーによる1939年の国会演説の映像が人工知能(AI)で加工され、最近になってXで拡散して波紋を広げている。投稿者は、陰謀論の界隈で非常に大きな影響力をもつ人物だ。
Animation: Jacqui VanLiew; Getty Images

第二次世界大戦が開戦した1939年にアドルフ・ヒトラーが国会で演説した際の映像が人工知能(AI)で加工され、最近になって拡散した。この演説でヒトラーは、戦争が「欧州のユダヤ人種のせん滅」をもたらすと宣言している。これは実際の発言にもあった言葉だったが、映像の言語はドイツ語から英語へと翻訳されていた。AIによって音声翻訳された演説であることが明記されており、Xによると1,500万回以上も視聴されている。

これらの2本の動画がXに初めて投稿されたのは3月7日のことだった。投稿者は「ドム・ルクレ」を名乗る大きな影響力をもつ極右の陰謀論インフルエンサーであり、過去には児童搾取の画像をアップロードしたこともある人物である。

Xの動画に添えたコメントでルクレは、「いつもしているようにニュースを共有した」だけだと述べており、動画が「極めて反ユダヤ的」であると注意を促している。しかし、寄せられたコメントを見ると、動画を観た人々はそれぞれの解釈をしているようだ。

本人確認済みのXアカウントをもつある人物は、「われわれは第二次大戦で敗北したのではないかと思い始めた」とコメントしている。別のフォロワーは「これらの人々は、何にも増して祖国のことを気にかけているように見える」とコメントしている。ネオナチのプロパガンダとされる2017年の映画『Europa: The Last Battle』へのリンクを貼っている人々も多くいた。

別の陰謀論者のオーウェン・ベンジャミンも、AIによって加工されたヒトラーの動画についてコメントしており、ヒトラーが「戦争を望んでおらず、(ユダヤ人を)支援していない他国を厳しく非難している」ことが動画からわかる、との誤った主張を繰り広げた。ベンジャミンのコメントは350万回以上も閲覧されている。

この件に関してXにコメントを求めたが、回答はなかった。

陰謀論の界隈で大きな影響力

これらの動画の元ネタは、「Time Unveiled」というアカウントから2カ月前にYouTubeに投稿された映像のようだ。このアカウントには、ウサーマ・ビン・ラディンやヨシフ・スターリン、東條英機が登場するAI翻訳動画も投稿されている。

ヒトラーのYouTube動画の説明欄には、音声クローンのスタートアップであるElevenLabsの技術を用いて音声を作成したと書かれている。ElevenLabsの技術は今年、大統領のジョー・バイデンの声を模写したAIロボコール(自動音声通話)の作成に使用されたことで、非難に晒された。ElevenLabsもYouTubeも、コメントの要請には応じていない。

ルクレは動画の1本をInstagramのアカウントにも投稿しているが、こちらはXほどは注目されていない。インスタグラムにもコメントを求めたが、回答はなかった。ルクレのアカウントはまだ存在しているが、動画は最近になって削除されている。

ルクレは本名をドミニク・マギーといい、いまでは陰謀論の界隈で非常に大きな影響力をもっている。ルクレはQアノンのコンテンツや米国の共和党の主張をシェアしており、その多くには改変された画像や映像が添付されている。コメントが著名な議員に共有されることも多く、前大統領のドナルド・トランプもよく引用している

ルクレが初めて全米で注目されたのは昨年7月のことだ。数日前に児童搾取の画像を投稿したばかりだったにもかかわらず、イーロン・マスクが個人的に介入し、Xのポリシーに反してルクレのアカウントを回復させていた。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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