Music

SoundCloudが身売り検討。才能を育むコミュニティのない未来をアーティストたちが危惧

音楽ストリーミングプラットフォームであるSoundCloudが買収先を探しているというニュースが報じられた。このサービスからはこれまでに多くのヒップホップアーティストが誕生しており、ミュージシャンたちは同サービスのコミュニティを失う損失は計り知れないと語る。
Abstract orange sound waves on a black background
Illustration: Andriy Onufriyenko/Getty Images

ケイトラナダ、ケラーニ、リル・ナズ・Xの「Old Town Road」、シェック・ウェスの「Mo Bamba」。これらのアーティストや楽曲の共通点は地域やジャンルではなく、プラットフォームである。どのアーティストも楽曲もSoundCloudを出発点としていたのだ。

「かつて、SoundCloudから多くのアーティストが登場しました」と、ニューヨークを拠点とするDJで、BIYDIY Recordsの共同創業者であるストーニー・ブルーは話す。「アーティストたちは、Apple MusicSpotifyでのストリーミング配信が主流になるまで、SoundCloudに集まっていたコミュニティに向けて音楽をアップロードし、直接届けていたのです」

ブルーは2012年にプラットフォームに参加して以来、SangoやDream Koala、Yeek、 WOLFE de MÇHLSをはじめとする新進気鋭のアーティストに出会ったという。「SoundCloudは常にアンダーグラウンドのような感じがしました」と語る。

すべての人のためのプラットフォーム

新しいアーティストや楽曲を“発見”できる要素こそ、07年に創業したSoundCloudの成功の秘訣である。ベルリンに拠点を置くこの会社は「ありのままの自分で参加して」というシンプルな理念を貫くことでユーザーを獲得してきた。この理念がSoundCloudを"すべての人のためのプラットフォーム”にしたのである。つまり、あらゆるジャンル、セクシュアリティ、信仰、音楽や芸術の定義、そのすべてを受け入れるプラットフォームになったのだ。そして同社はコミュニティ中心の音楽配信のハブとしてサービスを位置づけることで、新しい前衛的な音楽のインキュベーターのような存在になったのである。SoundCloudはみんなの“アンダーグラウンド”なのだ。

しかし、この状況は近く変わるかもしれない。複数の報道によると、SoundCloudは今年買収先を探す見込みなのだ。これは同社が以前から進めてきたことだ。あと2カ月で資金が底を着くと報じられたSoundCloudが、危うく倒産するところだったのは2017年のことである。しかし、このときは最後の最後で投資会社のRaine GroupとTemasek Holdingsが1億7,000万ドルを出資し、チャンス・ザ・ラッパーからの支援も少しばかり受けて倒産は免れた。そしてRaine GroupとTemasek Holdingsはいま、投資の見返りに10億ドル以上の利益を求めていると報じられている。

同社の身売りで懸念されることは、SoundCloudを独自のプラットフォームにしたものが失われる可能性と、その喪失が音楽ビジネスの未来にもたらす影響である。

「大げさに聞こえるかもしれませんが、SoundCloudのおかげでわたしの人生は変わったのです」とIAMNOBODIの名前で活動している、グラミー賞にノミネートされたプロデューサーのデデ・アデマブアは言う。「SoundCloudがなければ、いまわたしはここにいません。世界中の人々とつながれる曲やDJミックスをアップロードすることでわたしは身を立てることができたのです。このプラットフォームを通じて、(サウンドレーベルである)Soulectionの一員となれたのです」

プラットフォームの理念ははじめからサービス内に存在していた。アデマブアは、ニプシー・ハッスル、リトル・シムズ、ブライソン・ティラーなどのアーティストと仕事をしてきたが、常にサービスの中心にはコミュニティとSoundCloudが象徴するものがあったという。「SoundCloudは何よりもコンテンツを楽しみ、世界中の似た興味関心をもつ人たちとつながれる場でした」とアデマブアは話す。

ヒップホップアーティストの輩出

このようなつながりがクリティカルマスに達したのは15年のことである。このころ、ラップ界の新星であるリル・ピープ、Smokepurpp、XXXtentacion、ジュース・ワールドといったSoundCloud発祥のアーティストが有名になり、メインストリームの音楽を聴く人たちの耳にも届くようになった。

SoundCloudは多様な曲を収録するプラットフォームとして知られていたものの、SoundCloud発祥のラップは音楽シーンでも一線を画すものだった。その音楽は反逆的で、ドラッグに寛容で、苦悩の物語に満ちていたのである。『ニューヨーク・タイムズ』はこうした音楽を「ヒップホップにおける最も重要で破壊的な新しいムーブメント」と呼んだ。

それがSoundCloudの特徴なのである。常にジャンルを超え、時代の先にあり、共有したい実験的な音が見つかる。ただし、SoundCloudはいつもうまくいっていたわけではない。アーティストたちがプラットフォームから相次いで離脱したのは13年のことだ。理由は運営側がデザイン修正の欠陥によるスパムの問題と、一部のユーザーがいいねやフォロワー、再生数を金で増やしていた問題に対処しなかったことである。しかし、たとえユーザーと報酬を配分する最適な方法について同意できなかったとしても、SoundCloudは総じてアーティストが成功するために必要な道具を提供しようと試みてきた。

「SoundCloudはわたしたちのためのサービスでした。なぜなら、SoundCloudはいますぐ曲を発表したいというわたしたちの思いを理解していたからです」と、ラッパーのトラヴィス・スコットは20年にトーク番組「The Shop」で話している。「アップロードを待たずに、いますぐ共有したい。わたしたちのファンをはじめ周りの人もすぐにこのスピードに適応しました」

コミュニティ重視の機能

有名になろうとTikTokやYouTubeへ移動する新しいミュージシャンが増えるなかでも、SoundCloudはクリエイターのコミュニティの要望に応えることを最優先にすることでサービスを維持してきた。「曲にコメントできて、曲のどの部分にコメントが付いたかを確認できる機能はほかのサービスにはありません。これがコミュニティを生き生きとさせ、ほかのユーザーをただの数字のようには感じさせないのです」とアーティスト兼プロデューサーのネルソン・バンデラは言う。「SoundCloudと、ある意味ではBandcampだけが、本当のコミュニティの感覚がある音楽ストリーミングプラットフォームだと感じています」

何年も前にバンデラがミュージシャンとして活動を始めたとき、SoundCloudを活動の拠点に選んだ理由は、「それがわたしのラジオだったからです」と話す。「スペースゴスペル」と彼が形容する楽曲をつくりアーティストとして成長するなかで、自分の作品も同じコミュニティに共有したいと思ったという。「音楽をつくり始めたときにSoundCloudにアップロードし始めた理由は、サービスが使いやすかったからです」

音楽業界への影響

音楽業界はアーティストの力を奪おうとしているように見えるなか、SoundCloudのようなプラットフォームはアーティストの力を強めようとしてきた。Bandcampの衝撃の影響はまだ収まっていない。Epic Gamesは23年秋に同社をオーディオライセンス会社のSongtradrに売却したのである。

SoundCloudの所有者が変わる見通しは、ミュージシャンたちにとって音楽業界において自分たちの作品に対して公正な報酬を得る選択肢が減ることを意味する(Bandcampのアーティストはトランザクション毎にその金額の82%を受け取っている。SoundCloudのアーティストはリスナーの月額利用料と広告収入の一部を得る権利を獲得できるロイヤルティプログラムに登録できる)。

新しい運営元がSoundCloudをどのように変えるかを予測するにはまだ早い。しかし、その損失は計り知れないだろう。イーロン・マスクがツイッターにしたことを考えると希望はもてない。Tumblrの縮小についても同じことが言えるが、このプラットフォームのユーザーはいつも変化に耐えてきた。

アーティストや楽曲の発見を誇りとし、独自性の高い音楽の追求が意義深いことに感じられるプラットフォームのSoundCloudを失うことは破滅的である。ましてや作品の模倣や盗作、流用がますます蔓延する世界でSoundCloudを失うなんて残酷にもほどがある。

大衆文化にも独自性を求める傾向が再び現れている。映画『スパイダーマン:スパイダーバース 』、『アメリカン・フィクション』、『バービー』の成功や、長編小説の『Chain-Gang All-Stars』が人気を博していることがその証拠だ。この傾向はSoundCloudが促し、人々の期待に応えてきたことだ。今後ますます、チープな模倣作品ではなく、革新が再び求められるようになるだろう。これはわたしだけかもしれないが、そうした時代が近づくなかで、SoundCloudがない未来をわたしは想像できないのだ。

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)

※『WIRED』によるSoundCloudの関連記事はこちら


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